12年目コラム(1)―<語るということ>
高槻カウンセリングセンターは平成17年に開設したので、それを一年目と数えると、今年、平成28年は12年目に当たる。より正確に言えば、平成28年の3月末から来年の3月末までが12周年の一年間となる。
この12周年に何かをしようと考えていたのだけれど、大したことも思いつかず、取り敢えず、一年間は記念コラムを綴っていこうと思う。今年の4月から開始しようと決めていたのだけれど、少しだけフライングして、2月から来年の3月末まで、ここに連載しようと思う。
内容は、この12年間のことだけに限らず、臨床に関係のあることであれば、それ以前の体験も含めて、自分の軌跡を振り返ってみようと思う。新たに書くものもあれば、ボツになった原稿(これが無数にある)から、使えそうなものは手直しして公開していくことにする。
さて、僕の考え方も時間の経過によって、経験する事柄によって、ずいぶん変わってきたと思う。初期の頃の考えと今の考えとでは、かなり差異もある。そして、これからもそれが続き、僕の考えはいつまでも変わっていくだろう。
これは別に僕が移り気であるという意味ではない(多分にその傾向はあると思うけど)。そうではなくて、個人の思想というものは生きているものなので、動きが生じるものであるということを言っているだけだ。何も変容しないなんて、死んでいるも同然だと思う。
でも、その中で変わらないものもある。
僕がこのサイトでもゴチャゴチャと自分の体験したことを書いているのはご存じだと思う。なぜ書くのかというのを今回のテーマにしよう。
僕が僕自身のことをこうして書く(語る)のは、僕が人間であるということを自らに証明したいからなのだ。僕は生きた人間であり、動物やモノではないということを自分に示さなければいられないのだ。そうして語る中で共感してもらえる部分などがあればいいとは思うけど、基本的に僕は僕自身のために語る。
こんなふうに自己表現できるのは人間だけだ。動物はそういうことをしない。動物もコミュニケーションを取るけれど、人間のような言葉を介してではない。同種族間で争いや調停が見られることはあっても、動物は人間がするような形で話し合ったりはしない。
モノになるとそれがもっとよく分かる。モノは自ら語ることをしない。今、僕の目の前に置き時計があるのだけれど、この時計は自ら語ることはない。この時計に歴史があっても、モノの歴史は人間によって読まれるだけで、モノが自分の歴史を語ることはできない。
その点は動物も同じだ。過去の記憶とか、それに近いものを持っている動物もあるようだけれど、動物はそれを語ることはない。犬が、マーキングした匂いによって、ここは自分がかつて訪れたことのある縄張りだということを認識しても、それは過去を語っているのではなく、ただ確認しているだけである。動物も自分の歴史を語ることはできないのだ。人間だけがそれをするのだ。
個人の内的な感情や体験、さらには自分の過去も未来もを含めた歴史を語ることのできるのは人間だけなのだ。そのように語ることは人間しかできないし、だからとても人間的な営為なのだ。僕がカウンセリングに惹かれるのも、それが人間的な営為であり、あまりにも人間的な営為であるからに他ならない。クライアントが僕の前で自分の経験や歴史を語る時、クライアントは紛れもなく一人の人間になっているのだ。
僕も同じことをする。僕が自分の内的体験や歴史を語る時、僕は一人の人間でありうるのだ。もし、それが出来なくなった時、それは僕が人間としての存在基盤を失い、動物やモノの次元まで存在が堕ちたことを意味する。
これは決して誇張ではない。精神の病に罹るとは、僕と目の前にある置き時計との間に差がなくなることなのだ。僕はその時計であり、その時計は僕である、そんな存在になってしまうことなのだ。そこではもはや僕は人間のように語ることはできなくなっている。
おそらく、ラカン派の人たちはこういうことを言っているのだろう。語る言語を取り戻すこととはモノから人間へと回復していく過程を指しているのだろうと思う。
実際、心を病んでいる人ほど、自分自身を語れないのだ。そういう人たちがカウンセリングを避けたがるのは、語る言葉を喪失しているからなのだ。時には、何かを語っていながら何も語れていないという場合もある。いずれにしても、それは人間からの逸脱を表しているのだ。
僕はただ自分自身を語る。僕が人間であるためにそれをする。純粋に僕自身のためだけにそれをする。だから、誰もついてこれなくても構わない。フォロワーが一人もいなくても、僕がそれをできている限り、僕は自分が一人に人間でありえていることを実感する。それを僕は僕自身に証明する。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)