<テーマ130> 追い込まれる「加害者」(4)(後)
(130―3)離婚が成立してから
その後、二人の離婚は成立します。私は彼の元妻に一つの条件を出したのです。それは離婚届けは二人で揃って提出してくださいということでした。そして、その時に今後のことをきちんと約束するようにしてくださいとお願いしたのでした。
彼女は離婚届けに判を押して、彼に渡して、彼に提出しておいてと頼むこともできました。でも、私は彼女にそうすることを禁止したわけです。彼女は最初からこの夫婦関係の部外者でした。彼女が傍観者の立場に留まることを私は禁じたのです。彼女には「離婚届がきちんと受理されるところを、あなたの目でしっかり確認して欲しい」というように伝えたのですが、私の本心は上述の通りです。
離婚が成立しても、この二人の関係は穏やかではありませんでした。特に彼の方がとても荒れてしまって、少し危険な状況に陥ったのです。
私は彼の姿を見かねて、カウンセリングの枠を破るような行為をするのです。それは、とにかく苦しくなったら電話して下さいと頼んだのです。
自分でそうは言ったものの、途端に昼夜問わずに彼から電話がかかってくるようになり、彼の電話の対応に追われるようになってしまいました。「苦しい、助けてくれ」というのが、毎回の趣旨でした。
一方で、妻の方からもしょっちゅう電話がかかってくるようになったのでした。彼女は私に電話をかけてきては、「元夫がすごい顔をして家の前に来ている、何とかしてくれ」と訴えるのです。「すごい形相で家の前に来ていると言うけれど、あなたは彼に何をしたんですか」と私は問い返します。そして、「私にどうしろと言うのですか」と私は尋ねるのです。彼女の要望は、私が彼の携帯電話に連絡して、彼にそういうことを止めるように説得して欲しいということでした。私は「ばかばかしい、なんでそんなことを僕がしないといけないのだ」ということを伝えるだけでした。
私の対応は冷たすぎると感じられるかもしれません。彼の性格からして、彼が元妻の家に押しかけようというのであれば、事前に私に言うだろうと思うのです。でも、私に言わずにそれをしているのだから、私をそれに巻き込まないようにしたかったのではないかと、私は解釈しているのです。だから、私が関与することは、彼の気持ちを踏みにじる行為だと思うのです。
彼が何か取り返しのつかないことをするのではないかという不安は常にありました。でも、彼は次回の面接予約を取っており、彼はこの予約をきちんと守る人でした。次回につながっている限り、私は彼がそんな無謀なことをしないだろうと信じていたのです。それに、もし彼が彼女に復讐するというのであれば、その前に私との関係を終えていたでしょう。彼はそういうタイプの人だったのです。
彼と元妻側とは一触即発の危機を幾度も経験しました。ある時、彼は自ら元妻の家に行ってきたと報告してきました。彼の望むことは、彼の言い分を一度でも彼らに伝えるということでした。ところが、不幸なことに、彼の望みは達成されることなく終わるのでした。彼はいつも門前払いを食らうのです。それも元妻ではなく、彼女の親や親族に追い返されるのです。彼がどれほど悔しい思いをしたか、想像に余るほどであります。
(130―4)別れの意味に目を向ける
彼は幾度となく元妻の実家に出向きました。実際、どれだけ出向いたのか私は正確には知らないのです。元妻が私に報告した分しか把握できていないのです。この元妻の報告も、「元夫が家に来ている」というものから、「元夫が近所の国道を車で通りすぎた。怖い」というものまであり、どこまでを彼の意図的な行為とみていいのか不明です。同じ市内に住んでいるのだから、彼が出勤なんかで国道を車で走ったからとて、なんら咎める筋合いのものではないのです。偶然、すれ違ったというだけなのかもしれませんし、「家に来るな」ということは要求できても、「国道を通るな」を要求することは不当であります。「DV騒ぎがこうして始まるのだな」と私も納得できる感じがしました。
さて、彼が元妻の実家に出向いていると聞いて、彼のことを未練がましいと感じる方もおられるかもしれません。それは必ずしも正しいとは言えないと私は考えます。元妻との間で何かやり残したことがあるから、彼はそうしているのであって、見方を変えれば、元妻と決別の儀式をしているのでもあるのです。元妻側は彼にそれを遂行させずに、ただ、彼を退けるだけなのでした。そのために、彼の行動は繰り返されることになり、しかも、だんだん荒っぽくなっていってしまったのです。普通のやり方では通用しないからこそ、荒っぽい手段に出なければならなかったのです。
その間も彼とのカウンセリングはずっと続いていました。彼が落ち着きを取り戻すにしたがって、彼のそうした行為は影を潜めていくのでした。その頃、一つの契機が訪れました。それは、彼が妻との死別を経験した友人と会ったという出来事でした。カウンセリングをしていると、こういう場面に出くわすことがままあるのです。この友人との体験を契機として、彼は愛する人と別れざるを得ないということを真剣に考えてくれるようになったのです。つまり、彼は、別れの儀式を遂行することではなく、別れるということの意味に目を向けるようになったのでした。この友人のエピソードは彼に目を転じる契機となったのでした。
彼はどこかで気づいたかもしれません。それは相手に対して直接的に儀式を遂行することではなく、自分の内面においてそれを達成していけばいいということをです。私たちは、彼にとってこの結婚生活はなんだったのか、元妻は彼にとってどういう存在であったか、そしてあの女性と結婚したことは彼に何をもたらしただろうか、私たちは何度も繰り返しそれを検討していったのです。
彼の内面でどういうことが展開していったかということは詳しく述べるわけにもいきません。それは彼のプライバシーにも関わることだからです。ただ、こういう作業を繰り返していく中で、彼は徐々に元妻と決別していったとしか述べることができないのです。
(130―5)再生へ踏み出す
やがて、彼は自分の将来のことを考えるようになりました。地方の知人を頼って、一緒に仕事をしようかと迷っていました。私はそれもいいことだと伝えました。
最終的に、彼は大阪から離れるということに決めたのです。大阪には辛い思い出がたくさんあるから、それも理解できないことではありませんでした。彼が自分でそれを選んだのですから、私はそれを受け入れました。その日が彼との最後の面接となったのでした。
彼はその回を最後にするとは言いませんでした。ただ、終わってから、「先生、一緒に飲みに行きませんか」と私を誘うのです。その瞬間、私は彼と会うのもこれが最後かもしれないなという予感がしたのです。そして、許されないことかもしれませんが、私は彼と二人で飲みにいったのです。事実、この時を最後に、彼は地方に出て、新生活を始めたようでした。
元妻の方はと言いますと、彼が地方に行ってからは、ぱったりと連絡がなくなりました。案の定という感じがしないでもありません。彼女が最後に私に電話をかけてきた時も、私は彼女に「あなた自身のことでカウンセリングをしていきませんか」と誘いかけたのです。彼女は「離婚して、自分の生活を立て直していくことで今は忙しいから、落ち着いてからそうしたいと思います」と、彼女のような人がする典型的な返答をしてくださいました。
ちなみに、「落ち着いてからカウンセリングを受ける」というのは、実は矛盾したことを表明しているのです。彼女自身は気付かなかったかもしれませんが、これは意味が通じないことなのです。自分が落着けないから、彼女はカウンセラーを必要としたはずなのです。ただ、彼女自身ではなく、夫に身代わりに受けさせた形になっているだけなのです。私のクライアントは夫でしたが、潜在的には彼女もまたクライアントだったのです。それでも、彼女の方もカウンセラーを必要としていたということには変わりがないはずなのです。
今後、どのようになっていくかということは、私には分かりません。彼はきっと自分の生き方を取り戻していくでしょう。妻の方は、過去の幻影に脅かされ続けることになるかもしれません。そうなったとしても、私に何ができるでしょう。私は今でも、この夫婦に対して行ったことが正しいことだったのかどうか疑問に思うことがあります。ただ、少なくとも彼だけは救われたということで、私は良かったと思っているのです。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)