<テーマ130> 追い込まれる「加害者」(4)(前) 

 

(130―1)離婚が成立するまで 

(130―2)父親との関係が改善する 

(130―3)離婚が成立してから 

(130―4)別れの意味に目を向ける 

(130-5)再生へ踏み出す 

 

(130-1)離婚が成立するまで 

 「あんな暴力的な夫とは離婚する」。カウンセリングに訪れた妻の第一声がそれでした。 

 離婚するかしないかは当事者の選択であります。私はその旨を伝え、その上で、「それで私にどうしろと言うのです?」と尋ねました。彼女は「いや、ただ知っておいてほしいと思っただけです」と答えました。私の邪推ですが、もしかすれば、彼女は私を通して彼女の要望を夫に伝えてほしいということだったのかもしれません。でも、私はそれを表に出さず、「報告にだけ来られたのでしょうか」と尋ねます。彼女は「だから知恵を貸してほしい」と訴えたのでした。 

 この妻という人ですが、実際の年齢よりも子供っぽいなというのが、私の正直な印象でした。そして、夫とはかなりの年の差があるのでした。これは大切なことですが、後ほど取り上げることにします。 

 私は彼女からも彼のことを尋ねてみました。こういう話ではよくあるように、双方の話には矛盾点もいくつか見られました。見ている視点が違うのだからくいちがいが生じるのは当然なのです。でも、そこでどちらが正しいとかいう話に持っていくわけにはいきませんでした。それは役に立たないばかりでなく、再び「彼が悪い」ということを立証するための機会になりかねないからでした。ただ、彼女も認めていることですが、実際に暴力と言えるような行為があったのは、最初の一回だけだったのです。二回目以降は彼女が恐れているところに、彼女を脅かすような出来事、それも偶発的な出来事が生じていたのです。 

 離婚をすると妻が言うのであれば、それも仕方がないことだろうと私も思いました。ここまで騒ぎが大きくなっていては、関係の修復も難しいだろうと私は思っていました。双方の両親が登場する以前に、こういう相談機関を活用していてくれたら良かったのにと、今でも私は思うのです。 

 彼女はこんなことも言いました。夫が私のカウンセリングを受けた後は、とても夫の表情が良くて、機嫌もいいと、そういう時だけいい夫婦関係でいることができたと言うのです。だから彼女は私に感謝していると述べたのでした。 

 このことは私には初耳でした。彼はそんなことを決して話さないからです。だから彼女は夫に「毎日でもカウンセリングを受けて」と頼むほどだったのでした。彼女の目から見ると、夫のカウンセリングは良かった、正しい選択だったと映っていたようでしたし、彼女がそれを親に報告すると、親もまたそれを評価していたようでした。会ったこともないのですが、妻側の人たちに受けがよくて、いい評価をしてくれているのであれば、私の発言や提案を彼らは受け入れてくれるかもしれませんでした。もっと早くそういう事実を知ることができていればと私は後悔するのです。 

 彼女は夫とは離婚すると決めていました。でも、それをわざわざ私に言いに来たわけです。この離婚に関して、私という後ろ盾を必要としていたのかもしれません。でも、先述のように、私は離婚するしないは当事者二人に任せることにしています。妻が離婚すると既に決めているのであれば、私はそれを阻止することもできませんし、その必要も感じていないのでした。いや、むしろ、この妻のような人であれば、何が何でも自分の思い通りに事を運ぼうとするでしょう。 

 

(130―2)父親との関係が改善する 

 ところで、彼とのカウンセリングにおいて、別の方面で望ましい変化が彼には現れていました。それは彼と彼の父親との関係が昔よりもずっと良くなったということです。 

 「DV騒ぎ」のたびに父親も巻き込まれるのでしたが、それが彼と父親との接点を以前よりももたらすことになったのです。彼は父親との関係がよくありませんでした。どちらかと言えば、父を敬遠して彼は生きてきました。 

 彼の結婚生活は4年ほどで破たんすることになったのでしたが、両親は40年以上の夫婦生活を積んでいるのでした。彼からすると、4年でもこれだけたいへんなのに、40年もよく続けられるなと、親を尊敬したい気持ちがあるようでした。 

 父親という人は、昔気質で厳しいところがある人でしたが、彼に対しての愛情はしっかり持っておられる方のようでした。今回の騒ぎで、彼は父親の愛情の部分に目が向くようになっていたのです。 

 このことは非常に大切なことなのです。恐ろしくて憎らしかった父親に、愛情を感じ、尊敬もできるということは、男性にとっては親離れの過程で経験することなのです。「親父なんかの助けにならずに独りで生きてみせる」とかいう思いは、単に強がっているだけであり、それも子供じみた強がりだと私には思われるのです。これは親離れを達成したということにはならないのです。それはテーマが異なることなので、ここでは深く掘り下げないことにしますが、彼はようやくこの過程を踏み出したのであります。 

 父親は彼に、これで生活をやり直せ、妻と子供に何かしてやれとお金を渡します。彼は父親に深く感謝していました。ところが、彼はこのお金をそのまま父親に返すことになってしまったのでした。 

 彼と妻との関係は、その頃、表面的にはうまくいっているようでした。「DV騒ぎ」が勃発しなければ、そのまま安定した関係が続いていくかのように見えていました。 

 ところが、ある日、彼がいつものように出勤します。特別変わったことはありませんでした。妻は朝起きて、夫のために弁当を作ってやり、それを持たせて、夫を見送ります。いつもと変わらない光景でした。その日、夕方、彼が仕事を終えて帰宅すると、妻は自分の荷物をすべて持って、家出したのでした。残していったのは、一枚の置手紙と、彼女が不要だと感じた品々だけだったのです。 

 彼は私に電話をかけてきました。私は自分の浅はかさを呪わしく思います。彼女がそのような手段に出るということを予測しておいてもよかったのです。彼らの表面的な順調さのために、私もそこが見えなくなっていたのでした。 

 また、彼女は離婚を決めていましたが、彼女はまともにそれを彼と話し合うということはしないだろうということも予測しておくべきだったと、私は後悔するのです。そして、もし、彼女に憎悪の感情があるなら、彼がもっとも嫌がるやり方をするだろうということを予測していなければならなかったのです。 

 こうして彼女は離婚の意思を、彼が決定的に苦しむやり方で、表示したのです。 

 

(注:本項は長文でありますので二回に分けて掲載します。続きは次項に引き継ぐことにします) 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

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