<#015-32>S氏3回目面接~解説編(13)
前項に引き続き、S氏3回目面接の補足をしておきます。
少しだけ妻という人に視点を移してみましょう。
この問題発生場面は微妙なタイミングで起きています。S氏がもう寝ようかというタイミングで発生しています。このタイミングの良さが私には気になるのであります。
妻はS氏が就眠してしまう前にどうしてもそれをする必要があったのではないかと私は仮定しています。もちろん一つの仮説であるので、現実は違うかもしれません。でも、この仮定に基づくとすれば、妻にどういうことが起きていたのでしょう。
その日、夫は妻がもっともしてほしくないことをしています。つまり、私のカウンセリングを受けるということです。妻はこのことに関して無感情ではなかっただろうと思います。つまり、夫のその行為を妻は無視することはできないだろうし、無関心でいられなかっただろうと私は思うのです。
妻の方でなんらかの感情を抱えていたとしても、それが日常の営みを困難にするほどのものではなかっただろうと思います。ある程度まで、妻は自分の日常を生きていただろうと私は思うのです。
正確にいつとも言えないのですが、夫のS氏が帰宅してから、つまり夫の存在が妻に意識されるようになってから、妻は感情的に搔き乱されるようになったのではないかと私は推測しています。自分は不愉快な思いをしているのに、夫は居間でくつろいでいる、そうした観念は妻を苦しめたかもしれないし、そう思うと一層矢も楯もたまらなくなってきたかもしれません。妻の中で葛藤も生じたかもしれません。そして、S氏の就眠時間間近になって、ついに妻の行動化がなされたと私は考えています。
この行動は前言語的なものであります。行動によって何かをS氏に分からせようとしているかのように思えてきます。第1回目で、妻は後ろから押してくれるような関係性を夫に求めていることを知りました。これは同時に相手(夫)と対面しない関係性であると考えたのですが、今回の行動化は彼女のその願望に適合するものであるように思えてきます。
それはさておき、妻のこの行動化ですが、私はこれは前言語的段階にまで心的退行を起こしたものであると考えています。では、何がそこまで妻の自我を退行させたのでしょう。妻が抱えていた観念、夫に関して妻の心に浮かぶ種々の観念が彼女の自我を脆弱化してしまい、エス衝動が自我に侵入してきて、妻はそれらのエス衝動に身を任せる形になったのではないかと私は考えています。
一つの場面だけで結論を出すわけにはいかないのでありますが、彼女にそういう傾向があるとすれば、彼女は自分の中で生じる悪い観念に対して無力であり、それが速やかに自我のバランスを崩すことになると言えるかもしれません。しかし、妻に関しては分からないことがまだ多いので、すべて仮定としておくことにします。
最後に、S氏は、少なくとも今回の問題場面では、妻に対して暴力行為を振るわなかったと言います。私はそれを信じています。
DV「加害者」とされる人は、カウンセラーとか治療機関などと良好な関係を築き、心的にしっかり結びついていると、それだけで暴力行為が減少する場合があります。初回面接の後からその傾向が早くも見られる人もおられるのです。
ただし、上述のことはその人のパーソナリティによって異なってくるのです。その人の自我が暴力に親和性を帯びているほど、その抑制力が弱まると私は考えています。どれだけカウンセラーと結びついていても、暴力ということがその人の自我に馴染んでいるほど、カウンセラーとの心的結合だけでは暴力行為の抑止につながらないわけであります。
S氏の場合、問題発生場面のうち、現実に暴力行為が振るわれるのは限られているそうであります。それをそのまま信じるとすれば、S氏はそれほど暴力行為に親和性があるとは言えないということになります。
暴力との親和性が低い上に、カウンセラーと良好なつながりを有しているので、今回の問題発生場面では暴力行為は生まれなかっただろうと言えるのであります。加えて、問題場面からの回復、その影響からの脱却も速やかに行われただろうと思われるのであります。
上記のうち、後者について述べておこうと思います。クライアントには問題を体験している場面があります。その場面をどうにか克服したいと願っているのです。私はこれは断言してもいいと思っているのですが、その問題場面克服以前に、その問題からの回復が早くなるという段階がくるのです。問題は相変わらず発生するのですが、それから受ける影響から速やかに脱していくようになるのです。言い換えれば、問題は引き続き発生しているけれど、それから受けるダメージが軽減されているということになります。そのダメージに対してクライアントの自我が強化されているからそうなるのであります。
では、なぜそのような強化がなされるのでしょうか。一つにはカウンセラーとか治療機関などからのサポートがクライアントに内面化されるからであります。良好な関係を築き、心的にしっかりつながっているほど、クライアントの中でそうした内面化が達成されると私は考えています。
それら外部のサポートがクライアントに内面化されるということは、それがクライアントのセルフサポートに発展していくことにつながるのであります。クライアントは自分自身を援助できるようになっていくのであります。そうすると、問題場面に遭遇しても、たとえダメージは受けてしまうとは言え、クライアントは自分自身を自力で立て直していくことも可能になっていくのであります。それが回復の速やかさとして顕在化するわけであります。S氏の場合、すでにその萌芽が現れているのかもしれません。
今回の3回目面接では、S氏に関すること、特に彼が問題として体験している場面を検討していくことができ、たいへん有意義な回であったと思います。私の方でもいろいろと分かったこと、理解できたことも増え、実りの多い面接となりました。まだまだ述べ足りないところや言葉足らずなところも感じられるのでありますが、私たちは一旦ここで3回目面接を終了したいと思います。
続いて4回目面接を取り上げていくことにします。4回目以降、S氏にとって、苦しい場面が徐々に増えていくことになります。S氏にとって苦難の多い時期を迎えることになります。その意味で、今回の3回目は、S氏の一連のカウンセリング過程において、一つの区切りとみなせるようにも思います。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)