<#015-23>S氏3回目面接~解説編(4)
S氏との3回目のカウンセリングより、続きを抜粋して解説していくことにします。今回は(17)から(24)までを取り出しています。ここでは、問題発生場面から離れて、彼ら夫婦の間のルールの一つが話題となっています。
<抜粋>
(17)T:Sさんはその日は妻が自室で仕事をするということが前もって分かっていたということなのですか。
(18)S:ええ、そうなんです。居間のカレンダーにお互いの予定を書いてますので。家を出る時間、帰宅時間を僕も妻もお互いに記入することになってまして。妻の帰宅時間が早い日は在宅で仕事をするのが通例だったものですから、今日は帰宅が早いなとなれば、きっと自室で仕事をするんだろうなと予期してました。
(19)T:なるほど、そういうことをしているんですね。カレンダーにお互いの帰宅時間などを書いておくという。それはSさんのアイデアなんですか。
(20)S:いえ、妻が言いだしたことです。僕が何時に家を出るのか分かっていないと妻も準備があるから困るなどと言うので。それに、僕の帰宅時間が分かっていないと子供のことでも不具合があるからなどと言うものですから。それで僕の方も、僕も時間を記入するから妻も同じようにしてくれと頼んだのですね。
(21)T:妻はSさんにそうするよう頼んで、それならと、Sさんの方も妻にそうするように頼んだということなんですね。Sさん側の理由はなんでしょう。
(22)S:いえ、僕の方は特にその必要性も感じてなかったんですけど、なんとなく、僕だけ記入するのは不公平だという気持になったもので。それに、子供が一人になる時間を避けたいという妻の言い分を実現するなら、お互いの時間を記入した方がいいだろうと思ったので。例えば、僕が妻よりも先に帰宅して、子供を見ている時でも、妻の帰宅時間が分かっている方が都合がいいと言いますか、やりやすい気がしますので。
(23)T:なるほど、子供のことを考えるとお互いの時間が分かっている方が便利だからということなんですね。
(24)S:そうです。
<解説>
S氏は妻が自室で仕事をしているだろうということを前もって分かっていたようであり、そのことを私が尋ねたのでした。そこから彼らの間で設定されている一つのルールを知ることとなりました。このルールに関して、私は非常に興味を持ったので、いささか私の主導によって話題がこのルールに移行することになったのでした。
どの夫婦にも彼ら特有のルールがいくつかあるものであります。こういうときはこうするとか、こういうことが起きた時にはどちらが対処するとか、各々の夫婦には彼らだけのルールがあるものであります。
S氏たちにはお互いに出発時間と帰宅時間を居間のカレンダーに記入するというルールがあるわけです。これにより、妻の帰宅時間が早いということであれば、妻は自室で仕事をしているだろうから、帰宅時には妻は自室に籠っているだろうなということがS氏の方では予測できることになります(18)。
夫婦のルールはどんなものであっても結構なのでありますが、大抵の場合、夫婦のうちどちらか一方がそのルールをより必要としているものなのです。そうして必要としている側がそのルールを提案するわけであります。提案された側はそのルールをそのまま受け入れることもあれば、協議して修正していく場合もあります。S氏夫婦の場合、このルールを必要としたのは妻の方であり、S氏が一部修正を求めたということになります(20)。
S氏が修正したのは、時間の記入を彼だけがするのではなく、妻も同じように記入するということでした。妻はS氏にだけ記入を求めたのですが、S氏はそこを修正したわけであります。この修正の理由はいささか曖昧であります(22)。S氏は自分だけが記入するのは不公平な感じがあると述べています。おそらく、これは彼の本音の部分であるでしょう。子供にとってもその方がいいというのは、いささか合理化の感じがしないでもないのですが、それはひとまず置いておきましょう。
このルールを必要としたのは妻の方です。妻はその理由をなんと述べているでしょうか、S氏の言葉によれば、S氏の予定が分かる方が妻の方でも準備がやりやすいとのことであります。面白いことに、妻の方でも子供のためにもその方がいいといったことを述べているようであります。S氏も妻も、本音の部分を明かしては、建前として子供を引き合いに出しているといった印象を受けるのは私だけでしょうか。
(23)では、私はその「建前」の方を押さえています。本音の方を取り上げようとすれば、きっと「でも、Sさんにとっては自分だけが記入するのは不公平だという感じが強かったのですね」などとアプローチしていたかもしれません。ここでは、妻に対する否定的感情を引き出してしまうのは時期尚早であることと、今回の目的は問題発生場面を取り上げるということにあったので、本音(と思われる)部分には触れないようにしたのでした。
さて、夫婦にはそれぞれ自分たちの間のルールがいくつかあるものです。上手く行かない夫婦においては、一方がそのルールを守らなくなるということが典型的に見られるのであります。特に、そのルールを必要としていない側が守らなくなるのであります。その人にとって、このルールは必要性が感じられないものであるし、強制として体験されていることもあるようであります。渋々ルールを守っていたのは、相手との関係を維持するためであったりするのであります。
相手がそのルールを守らなくなると、ルールを必要していた側は非常な危機感を体験することも稀ではないように思います。その人にとっては、そのルールを必要とする切実な事情があったりするからであります。
少しだけ先取りして述べますと、S氏はだんだんこのルールに従わなくなっていきます。それが妻の心的ストレスを増加させ、関係が悪化していくことになるのですが、いずれ記述することになるでしょう。
また、建前として子供を引き合いに出すという彼らの傾向についても触れておきたいと思います。もちろん、今回のこの抜粋部分だけからはそうと断言できるものではありません。でも、もし、そのように仮定するなら、子供は夫婦二人の本音に挟まれた存在になるわけであります。言い換えれば、夫婦の本音は子供を介して表現されることになるわけであります。
これも先取りして言いますと、その現象、つまり子供を介してS氏も妻も本音を表現するという現象は、後々明確に現れてきます。このこともいずれ記述し、解説する機会があることでしょう。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)