<#015-15>2回目面接解説編(6) 

 

 S氏の2回目面接より、解説を続けます。 

 

 (41)T:正社員になることはお考えになっているのでしょうか。 

 (42)S:気持ちとしてはある。一つ所で働く方が熱中できるような気がしている。ただ、それができないのは妻の起業の兼ね合いもあるからなんです。 

 (43)T:そうだ、奥さんは何か事業を始めたということでしたね。 

 (44)S:お店を経営している。妻はそれが夢だったらしい。 

 (45)T:妻の夢が実現することと、Sさんが正社員で働けないことと、どうつながるのかな。 

 (46)S:子供がまだ小学生だからです。子供に何かあった時に夫婦のうちのどちらかが動けるようにしておく方がいいということでそうしているんです。妻は店に縛られるようになるので、僕が自由に動ける状態にしておいた方がいいということなのです。 

 (47)T:それはSさんのお考えなのでしょうか。 

 (48)S:どちらかと言えば妻の考えなんです。ただ、僕もそれには反対はしなかったのです。でも、子供のために自由に動けるようにしておくことが、今ではそんなに必要なことかなとも思うんです。 

 (解説)彼の仕事の話へと展開してきて、ここではそれに関して、それも幾分外的な事柄を押さえている内容となっています。 

 非正規雇用の働き方を止めて、正社員で働く気持ちは彼にはあるのですが、妻の店との兼ね合いで難しいということが述べられています。妻は何かお店を経営しているらしいのです。どうやら、彼がリストラに遭ったのを契機に、妻は開業して、その代わり、夫であるS氏が非正規雇用になっているようです。これは子供が小学生なので、子供に何かあった時に備えて、夫婦のどちらかが常に動ける方が良いという妻の考え方が基礎にあるとのことです。 

 妻のその考え方に彼は反対はしなかったのであります。ただ、子供に何かあった時のために夫婦の一方が自由に動けるようにしておくことの必要性が今ではそれほど感じられなくなっているようであります。実はこの時点では私は全くわかっていなかったのでありますが、ここは我が子に関するS氏の態度が如実に現れているところでした。子供のことは以後の面接で重要なテーマの一つとなっていくのですが、この時点では私はそこまで理解が至っていませんでした。 

 また、それが妻の考え方であるとすれば、妻はあまり公平な考え方ができない人であるかもしれないと思わせるところであります。これだけで判断するわけにもいかないのですが、妻の考えからすると、一方が自分の夢を実現するためには、他方が犠牲を払わなければならないという関係性になるのではないだろうか、とも思うのです。双方が自分の夢を実現するために、お互いに協力していくとか、そうした可能性が妻という人には開かれていないのかもしれないとも思われてくるのであります。前回の面接でも、妻は背中を押してほしいと願うタイプの人であることが伺われましたが、それも一方が他方のために犠牲ならびに尽力するという関係性が見られるように思います。一方が自分の好きなこととか目指していることをするために、他方のパートナーが忍耐しなければならないということになるかもしれません。忍耐強いS氏は、案外、妻のような人とウマが合うのかもしれない、とそのようにも感じられるところであります。 

  

 (49)T:考えや気持ちが変わってきたようですね。 

 (50)S:そうなんです・・・(長い沈黙)・・・こんなことは言いづらいことだけど、子供のために時間を空けるということがなんだか無駄のような気がしてきて・・・ 

 (51)T:無駄な気がする? 無駄とはどういうこと? 

 (52)S:まず、子供にそうそう何かが起きるわけでもないし、それに・・・(口ごもる)子供に何かあっても妻がどうにかするのでね。 

 (53)T:そうですか、ふむ(考える)。子供に何かあってもSさんの出番はないような気がするのですね。(S:そうです)。それならなんのために非正規でやっているのか意味が分からなくなってくるのも当然ですね。 

 (54)S:そうです。非正規で働くことに意味が見出せない気は確かにしている。 

 (55)T:でも妻はそれを求めているので、妻のために渋々それを続けているという感じでしょうか。 

 (56)S:今はそんな気がしている。妻が望むからそうしているだけで、不満の方が今は強い。今も仕事は仕事で面白いと感じることもあるけれど、それとこれとはまた別な気がするんです。(T:確かにそうですね)。そろそろこの生活も変えたいと思っているのだけれど。 

 (解説)子供に対しての感情が語られるところでもあります。(50)では、彼はかなり逡巡したようでありますが、子供のために自由を確保することが無駄であるということをS氏は述べます。これはけっこうS氏の本音であったと、後々の面接を経験すると、そう実感するのであります。 

 無駄であるとはどういうことか、と私は尋ねます(51)。それに応じて、彼は子供に何かが起きるなんてことはあまり無いということと、何かあっても妻がどうにかするということを述べています(52)。S氏の子供に対する感情がどこか希薄なので、前者はどちらかといえば合理化のニュアンスが濃く、後者が彼の本音に近いと思います。ただ、本当に言いたいことは、「それに・・・」に続いて発せられたかもしれません。彼は何かを言おうとして思いとどまり、別の話を持ちだしたようであります。子供に何かがあっても妻がどうにかするというS氏の言葉には、子供のことは妻がすべて取り仕切るといった意味合いが強かったことが、後の面接を経験すると理解できるのですが、この時点では私はよくわかっていませんでした。 

 (53)では、私はより本音の方を押さえているつもりでいますが、ここでは子供についてどう思っているのかを取り上げてもよかったのかもしれません。それよりもむしろ、そうであるなら非正規で働くことの意味が失せてしまうという点に焦点を当てています。 

 (54)で彼はそれを認め、(55)では妻との関係に私は焦点を当てていることになります。(56)では、彼はそろそろこの生活も変えたいと思っていると述べているのですが、象徴的にはこの話題を変えたいということであったかもしれません。どうも、この辺りのS氏の話にはどこか煮え切らないものが感じられるのです。子供に関すること、妻の開業、妻の生活方針、その他さまざまなことに関しての思いが交錯していたのかもしれません。 

 もう一度繰り返すのですが、ここでは、彼がリストラに遭ったこと、非正規雇用で働いていること、それは子供のためでもあり、妻の開業のためでもあること、さらには非正規で働くことの必要性に疑問を覚えていること(つまり妻の見解に疑問を持っていること)、生活を変えたくても思うようにいかないことなど、重要なテーマが一度に顕現した場面でありました。その一つ一つをもっと掘り下げたい気持ちもあるのですが、ここでは話が浅く広くといった散漫な展開になったのでした。初期の面接ではそういう傾向が強くなるのも事実であり、この時点ではS氏にとって何が重要なテーマであるかも十分には見えていませんでした。とりあえず、S氏の話の流れに任せるといったところが私にはありました。 

 

(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

PAGE TOP