<#015-14>2回目面接解説編(5)
S氏二回目面接の流れを追いながら解説を続けます。
(29)T:分かりますよ。だから、Sさんは加害者ではないんです。
(30)S:でも、どうして分かるんですか。
(31)T:もし、Sさんが常習的に相手かまわず暴力を振るう人であれば、暴力を振るうということがSさんの中では当たり前のことになっているだろうから、そのことで悩むはずがないんです。普段のSさんならしないことをやってしまうから、悩むのじゃないんですか。
(32)S:(涙ぐむ)妻に対しても最初から手を上げていたわけではないんですよ。
(解説)S氏は妻以外の人に暴力を振るったことはないのです。彼にとってそこは信じてほしいところであり、分かってほしいところであったと私は思います。(29)の私の発言はそこを押さえるものでありました。そして、彼はDV「加害者」ではないということまで押し広げています。
S氏の(30)の発話は、カウンセラーから保証を与えられても素直にそれを信じたり受け入れたりすることができない場合の典型であります。疑惑を持って応じるわけであります。
S氏がなぜそこに疑惑とか疑問を持つかということに焦点を当てることもできるのですが、それは時期尚早であると思うので、私はそのままS氏の質問に応じています(31)。ここで述べていることは、暴力が自我親和的になっているなら、暴力問題で本人が悩むはずがない、ということであります。S氏はそうではないということを彼に伝えているわけでありますが、現実に私はそのように思っていました。
それに応じて彼が涙ぐむのは、彼の中で腑に落ちるものがあったからでしょう。分かってもらえたといった体験をした時の反応であるように私は考えています。しかしながら、彼はそれを素直に受け取ることには幾分の抵抗感があるのかもしれず、(32)では最初から妻に手を上げていたわけではないなどと、さらなる弁明をしているのです。一方では、罪悪感が軽減されてきたので問題場面を打ち明けることができるようになっており、同時に完全には罪悪感から脱しきれてないためか、自分は悪くないとか最初から悪かったわけではないとかいった形でことさら弁解しなければいられなかったのでしょう。
(33)T:そうでしょう。結婚して、何年か経ってからこういう問題が起きたということですか。
(34)S:(要約。妻とのいきさつを語る。前回の記述と重複するが、時間順に並べると以下のようになる。彼は大学卒業後ある企業に就職する。退職までその企業で勤めた。仕事は懸命にこなし、波に乗ってきたところで結婚を考えた。早く一人前になりたい気持ちが強かったらしい。20代後半、知人の伝手で現在の妻を知り、交際が始まる。当時、彼女は大学卒業して無職状態だった。就職が難しかったようだ。結婚はいわゆる「できちゃた結婚」。彼女が妊娠したので結婚が実現した。男の子が生まれる。それから10年ほど経過している。3年前に企業が吸収合併されるのを機に彼は退職している。現在は非正規雇用でいろんな職場で働いている。その生活も最初の1年は良かったが、2年目からは不満を持つようになったという。妻に手を上げるようになったのはその頃からで、それ以前はそういうことをしなかったという)
(35)T:では、10年の夫婦生活のうち、DVのような問題が起きたのはここ2年のことなんですね。それ以前は決してそういうことをSさんはしなかった。
(36)S:そうなんですよ。どういうわけか、妻や義母に耐えられない思いをするようになってきたんです。以前は耐えられていたのに、耐えられなくなった気がしている。
(解説)S氏は最初から妻に手を上げていたわけではないと言う(32)ので、結婚して数年してから起きた問題なのですねと私が応じているわけであります(33)。今から思うと、「私は(Sさんの言っていることを)信じますよ」と応じてもよかったとは思うのですが、私の(33)の発話によって、S氏夫婦の外的な歴史の部分が述べられることになったのでした(34)。
(34)のS氏の話は、細かな部分は省略しています。肝心な点は、彼の人生が上手く行かなくなり始めた時期と、彼がカウンセリングに持ち込んだ問題(夫婦とDV)の発生時期とが重複しているという点が伝われば十分であります。
最初に彼の勤めていた会社を彼がリストラされたというところから始まるわけです。そこで彼の人生設計が一部狂ってしまったようでした。次に、彼は非正規雇用で働くことになったのですが、最初の一年はそれでもよくて、2年目から苦痛になりだしたこと、加えてその時期からDVのような問題が起きているとのことです。この辺りの流れを覚えておくと後の展開が分かりやすくなるかと思います。
(34)のクライアントの話にはさまざまな情報が含まれており、そのどこに着目するか、どれを取り上げるかによって、それに続く話し合いの展開が変わってくることになります。とりあえず(と言っていいか)、私はDV問題が起きているのはこの2年のことであり、それ以前はそういう問題は発生しなかったという点を押さえています(35)。
それにより、S氏の(36)の応答が方向づけられていることになるのですが、彼はDVのことではなく、妻と義母に耐えられなくなったという感情体験を打ち明けています。DVに関することを回避したかのようにも見えるのですが、より自分の感情体験を伝えているようにも見受けられます。つまり、「妻に手を上げてしまった」という行為レベルの話ではなく、「妻に耐えられなくなった」という感情レベルの話が見られ始めているのであります。
(37)T:ちなみに妻と義母はどんなふうに考えているのでしょうか。
(38)S:妻が言うには、僕がいまだに会社を辞めたことを受け入れてないと言います。自分ではそんなことないと思っているのですが、妻はそう見ていて、それで不満を家庭に持ち込んでいると妻は言うんです。きっと、義母も同じような見方をしているかと思います。
(39)T:なるほど、Sさんが手を上げるのは、Sさんが自分の人生を受け入れていないからだ、とそんな風に考えているということですか。
(40)S:でも、実際そうかもしれないと思うんです。この2年は今の非正規雇用の働き方に満足していない。最初はいろんな職場を経験することで、自分のキャリアやスキルが広がるような感じがしてよかった。いろいろ見聞できたことも良かった気がしている。でも、キャリアやスキルが広がっても、なんだか広がっていくだけで、それらをアップすることができない感じがしてきて、そこに不満もある。
(解説)妻と義母に耐えられなくなったと彼は言い(36)、では、どう耐えられなくなったのか、何が耐えられないのか、より具体化していきたいところでした。続く(37)の私の発話は、S氏の視点を妻・義母に向けさせるものとなりました。どうも、私の方にS氏の直面化を回避させたい気持ちが生じていたように思います。彼は「耐えられなくなった」と言い、その耐えられないことをもっと話してもらってもよかったはずなのに、私はその方向に話を進めなかったわけであります。どうやら、彼の罪悪感が再び高揚するのを私の方で避けたかったように思います。
私の拙い働きかけによって視点が妻・義母に移行することになったのでしたが、おかげで、妻・義母がどのように考えているかが窺われることになりました(38)。妻は、彼がDVのような問題を起こすのは、彼が自分の人生を受け入れていないからであるということになるようですが、これは、夫の問題に自分は無関係であるという態度を示しているものではないかと思います。また、彼の問題がすべて彼に帰属させられてしまうので、彼にとっては罪悪感を高めることになってしまうようであります。
(39)の私の応答はそのことを押さえたものになっています。ただ、罪悪感ということには触れないようにしていたように記憶しています。
(40)のS氏の発話は、一方では妻たちの見解を受け入れていることを示しています。彼は現在の自分の働き方に不満を抱いているようであります。非正規雇用形態で仕事をすることは、最初の1年目は経験の広がりもあって良いものとして評価されているようですが、2年目以後は不満が生まれているということです。広がりよりも、「上昇」を求める気持ちが強くなっているということのようであります。しかしながら、彼がそのような不満を持つとしても、それがどうしてDVのような問題につながっているのでしょうか。その辺りはまるで見えない感じがします。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)