<#015-2>面接開始まで:考察 

 

 前項ではS氏がカウンセリングを開始するまでの経緯を示しました。それに関していくつか考察しておくことにします。 

 

 (1)彼は電話で予約を取り、その際に、「カウンセリングを受けたい」などとは言わずに、「カウンセリングをしてくれ」といった言い方をしています。前者のような言い方と比べると、幾分、主体性の感じが薄い気がします。つまり、「私が受けたい」というのではなく、「あなたがやってくれ」と言っているわけなので、主体性が薄い印象を受けるわけであります。 

 これがS氏の抱える問題と関係があるのかどうかは現時点では不明であります。また、その他の事情のためにそのような言い方になってしまったという可能性もあります。この時点では確かなことは言えないのであります。 

 

 (2)S氏の声の感じからすると、なんだかとても「男らしい」という印象を私は受けました。主体性の感じは薄いのに、どこかこちらに向かってくるような勢いが感じられたのでした。これはS氏の中で何かの葛藤が働いていることを思わせるのであります。 

 また、粗野であるとか、荒々しいといった感じではなく、丁寧さも見られ、礼儀もわきまえているといった感じでありましたが、これはS氏の社会性の発達程度を示していると私は思います。この電話では、S氏はいささかぶっきらぼうでもありましたが、S氏自身は社会性を十分に身に着けているように私には感じられました。 

 

 (3)予約を取り、その後でS氏はキャンセルのことを尋ねています。 

 カウンセリングを受ける気持ちをプラスとし、受けたくない気持ちをマイナスとすると、大抵の人はプラスとマイナスの両方の感情を持っているものであります。「カウンセリングを受けたいけれど家が遠い」などと、プラスとマイナスを同時に表明される方も少なくありません。プラスが大勢を占めている人は何なくカウンセリングを受けに来て、マイナスの方が優勢の人はカウンセリングを見送るでしょう。どちらかが優位である場合にはその人の行動や選択はかなり明確であります。両方が同程度にある人はそこで悩むことになるのです。つまり、カウンセリングを受けるか受けないかという葛藤を抱えることになるわけであります。 

 ただ、プラスが優位な人は予約時にキャンセルの話をしない傾向があります。もし、キャンセルする事態が発生すれば、その時に「どうしたらいいですか」と尋ねてくるのです。最初からキャンセルの心配を表明なさらないのであります。 

 さて、以上を踏まえると、S氏はカウンセリングをしてくれと頼みながら、一方では受けたくないという気持ちがあるように察します。この時から面接の日までに、どちらが勝るか私は心配になります。もし、プラスが勝れば受けに来るでしょうし、マイナスが勝ればキャンセルするでしょう。 

 

 (4)彼は予約した日時に訪れました。一週間ほど間が空いたのでしたが、上記を踏まえると、この一週間は彼の中でプラスの方が優勢であったことが伺われるわけであります。いずれにしても、この時点で彼は一つの葛藤を処理しているのであります。 

 彼はどちらかと言えば瘦せ型の体形でしたが、筋肉はしっかりついていそうな感じでした。スポーツマンといった印象を受けます。何かスポーツをされているのかもしれませんし、体を鍛えるのが好きであるかもしれません。身体に関する関心は高いのかもしれません。 

 また、私は心配していたキャンセルのことを持ち出しています。彼は仕事が不安定だと答えています。不安定なので予定が変わるかもしれないということなのでしょう。ただ、予定が不安定だから予約日時に行けなくなったらどうしよう、などと心配性な感じはS氏からは受けないのであります。 

 

 (5)面接申込用紙に記入してもらいます。他の項目はきちんと記入されているのに、住所欄だけは空白であります。ここを無記入にされる人も少なくないのですが、その場合、家庭内での問題を抱えている人に多いように私は思います。つまり、家のことに触れたくない気持ちが住所無記入に現れているように思うわけであります。 

 住所を知られたくないという何らかの事情がある場合もあるのですが、そうでない場合、例えば自分の個人情報をできるだけ漏らしたくないといった事情の人であれば、その他の欄に関しても空白になるか、漠然とした記入になることがあり、スラスラと記入できず、苦悩しながら書いたりすることもあるのです。S氏に関してはそのような感じではありませんでしたので、彼は家庭の何かを相談に来たなと予測できるのであります。 

 

 (6)横柄そうな態度をS氏から感じたのですが、こうした横柄さは防衛であることが多いように思います。つまり、カウンセリングを受けに来て身構えているといった感じに近いものであり、必ずしもその人の普段の性格傾向とは相容れない場合もあるのです。 

 私がカウンセリングについて説明している間、彼は目を書架の方へ逸らします。書架が目立つからそうなっているだけなのでしょう。このように眼を逸らすというのは、何か後ろめたいとか気まずいとかいった気持ちを抱えている人に見られるように思います。敵対的な人はハッキリとこちらの眼を見ることが多いように思います。 

 また、説明を聞いているうちに怖くなるといった感じの人もおられるのですが、S氏はそのタイプではなさそうであります。そういう人はもっとソワソワしたり、身体的な動きでそれが現れることも多く、電話の際にもどこか怯えている感じがしたりすることもあり、それにそういう人は最後にマイナスの感情が優位になりキャンセルすることもあると私は思います。 

 彼は何かから目を逸らす必要があったのだと私は仮定します。 

 

 (7)書架に目をやるので、私が「気になりますか」と尋ねます。彼は「本がいっぱいある」と答えます。これは問と返事が嚙み合っていないことが分かります。彼は自分を避けているように私には感じられてきます。つまり、「あなたは何が気になりますか」に対して、「ここは本がたくさんある」という形にすり替えていることになるわけです。自分のことが問われているのに、この場所のことにすり替えて答えているわけであります。そういうところから、彼の中にどこか回避的な傾向が感じられてくるのであります。 

 

 (8)説明を続け、最後に録音の許可を求めます。本当はここでも応答が成立していないのであります。録音してもいいかという問に対して、イエスともノーとも答えず、「何のために録音するのだ」とこちらのことを尋ねています。説明すると承諾してくれたのですが、先の(7)といい、彼の返答には何か気になるものがありました。どこかこちらの問に対して、すり替えたり、はぐらかしたりといった感じがして、何か回避的な印象を受けるのであります。 

 ただ、彼が納得のいった部分というのが、録音内容を他の人が聞くことはないという保証にありました。このことはS氏が特定の誰かを非常に気にしていることが伺われるのであります。彼はその人物を意識しているようであり、その人物に録音内容が聞かれるのではないかという恐れを抱いていたように思われるのであります。 

 

 では、私たちはS氏の初回面接の中身に入っていきましょう。 

 

文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

 

 

 

 

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